8月末になりますが、内閣府から2021年版の『世界経済の潮流』が公表されました。先進国では昨年以降、家計の超過貯蓄が大幅に積み上がっています。昨年1~6月の累計で、米国では日本円にして約280兆円、ユーロ圏では約90兆円、日本では約40兆円もの過剰な貯蓄が発生しているそうです。米国では貯蓄超過のほぼ全額が、現金給付など財政的な措置がもたらした所得の増加によって生じ、欧州では逆に、超過貯蓄の大半は消費の抑制が原因で、日本はその両方となっています。
米国での所得階層別の貯蓄の推移をみると、最も豊かな20%の階層を除いた残り80%の家計のうち、最も下位の20%の階層で、昨年は貯蓄増加額が最大となりました。一般的には、低所得者層の方が高所得者層よりも消費性向が高く、所得増加の大半を消費に回しますが、今回は低所得者層がより積極的に貯蓄をしているようです。今回のコロナ危機では、ホワイトカラー層は在宅勤務などの形態でこれまでと全く同じ仕事を継続できている人も多く、リーマンショック後の景気後退期のような将来不安はあまり感じずに済んでいるのかもしれません。今回のコロナ危機では低所得者層が、かつての景気後退期よりも防衛的な消費行動をとっています。
コロナ危機発生後に低所得者層の貯蓄増加ペースがより大きくなっているのは日本も同様です。
内閣府は、膨大な超過貯蓄が今後の消費回復を支えるという期待をもっているようですが、その期待が実現するには、最も貯蓄に積極的な低所得者層が貯蓄を取り崩して消費に回すかどうかが鍵になってきそうです。そのためには、低所得者層が新たに抱えつつある不安心理が何であるのかを正確に把握し、適切な政策対応をとっていかなければなりません。日本の新しいリーダーとなった岸田首相には、よく見極めてもらいたいところです。
次も所得に関連するお話になりますが、米国最大の労働団体であるAFL-CIOによれば、S&P500種株価指数の構成銘柄のうち、経営トップが従業員給与の中央値より何倍多い報酬を受け取っているかを示すペイ・レシオが最も大きかったのは、自動車部品大手のアプティブで5294倍でした。同社は給与格差について、最高経営責任者(CEO)の株式報酬に関する会計上の処理が必要になり、実際の報酬額よりも数値が大きくなっていると説明していますが、この調整がなくても、格差は2000倍を超えています。
ペイ・レシオはオバマ政権下で制定された金融規制法(ドッド・フランク法)で開示が義務づけられました。制定当初はウォール街の高額報酬を牽制する狙いでしたが、2018年に開示がはじまると、個社や業種間での違いも明るみになっています。米国企業はCEOの報酬の多くを株式で支払いますが、ある大手コンサルティング会社の調査によると、売上高100億ドル以上の主要企業ではCEOは報酬の7割以上を株式を中心とする長期インセンティブで受け取っており、この比率は欧州各国では4~5割、日本では3割程度です。
雇用や貧富、人種などの側面でコロナ危機は米国社会の格差を浮き彫りにしました。金余りによる株高でペイ・レシオは拡大し、従業員をはるかに上回る報酬を合理的な理由なく経営陣が受け取ることに厳しい目を注ぐ投資家も出はじめています。昨年、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズは役員への高額報酬による風評を懸念し、ウォルト・ディズニーの報酬議案に反対しました。ステート社のある幹部は、報酬体系を業績に連動させることが最重要であるとしつつも、他の側面に与える影響にも気を配るべきであると指摘しています。
さてそれでは、日本企業のペイ・レシオはどうなっているのでしょうか。トップの報酬が1億円を超える企業を対象に、日本経済新聞社が有価証券報告書で開示される役員報酬と従業員の平均年間給与を比較して日本版のペイ・レシオを調べたところ、この10年のうち、最大でも299倍(2014年度)、直近(2020年度)では174倍となりました。計算方法は異なるものの、米国とは大きな乖離があることが容易にわかります。報酬体系の透明性を高め、従業員との格差がどの程度までなら許容されるのか、日本においても各企業が注意を払っていかなければならないでしょう。会社設立(1986年11月27)から間もなく35年となり、株式上場(2018年9月13日)後、3年以上経過している弊社においても同様です。